
“壊す” “削る” ―限られた手法を用いて、ベトナムの典型的な住空間を、開放的で 半屋外的なレストランへと生まれ変わらせました。対面で接することのできない社会情勢の中、設計者/施主/現場を結びつける意思伝達ツールとして3Dヴィジュアライゼーションを用いたプロジェクトです。 海の家のようなレストラン 敷地はベトナム第三の都市ダナン。近年アジア随一のリゾートとして有名なりつつあり、既存物件も海岸線から徒歩で行ける距離に位置しています。成長する都市人口を背景に、最大限多くの個室を作るために空間が分割された、ベトナムの一般的な住宅形式です。 ダナンというリゾート地、さらに海に近いこの敷地で、こうした閉塞的な空間は似つかわしくないように思えました。クライアントとたどり着いた目標は、海から帰ってきた人たちがいつでも出入りできて、光と海風で満たされた、開放的な“海の家”を作ることでした。 壊す、削る 限られた予算、ウィルスによる不安定な情勢を鑑み、モノを買って付け足すのではなく、既存のモノを壊したり削ったりすることで空間を転用することを提案しました。 まずは、ほぼ全ての間仕切り壁と建物前面の壁を取り壊し、前面道路まで客席の一部として使えるようにます。さらに二階の床を一部取り壊すことで、吹き抜けを巡るように前面道路、地上階、中二階、二階がねじれながら一体に連なるよう計画しました。元住宅らしからぬ巨大な気積は、屋外にいるような気持ちよさを室内へもたらしています。もともとの建物の持つ複雑なフロアレベルのおかげで、極端に天高の高い屋外のような地上席、天高の低い穴蔵のようなアルコーブ席、吹き抜けを見下ろすラウンジなど様々な天高の空間が立ち現れました。 各仕上げは、なるべく物を足さず、既存塗装を削り、装飾を剥がすことにしました。既存レンガのみ、薄い白塗装を塗り重ねています。通常、取り壊しによる仕上げは繊細で人数のかかる工程です。しかし人件費が安く、建材の供給が不安定なベトナムでは、余分な装飾で覆い隠すよりも、今あるものを手間をかけて職人に綺麗に整えてもらうもらうことが、仕上げとして有効なはずです。 新たな要素としては、一般的にはバラックの屋根に用いられるココナッツリーフ、現場職人に制作してもらった柱照明、デザイナーと協力したネオンサインなど、露わにした各素地を引き立たせるような要素を丁寧に付け足していきました。 コロナ禍と3Dビジュアライゼーション 本プロジェクトが始まった直後、世界的なコロナウィルスの蔓延により、べトナムでも強力なロックダウンが施行されました。敷地を実際に訪れることはもちろん、施行会社と直接顔を合わせることもできないままプロジェクトは進んでいくことになります。 そのような状況の中、最も有効性を示したコミュニケーションツールが<3Dビジュアライゼーション>でした。図面よりも優先して3Dをアップデートし共有することにより、施主だけでなく、現地の施工会社、言語の壁のあるワーカーたちにも、常に具体的な空間を想起してもらえるようになります。 ここでの3Dビジュアライゼーションは、単なるイメージではなく、最終的に実現すべき目標を全員で共有するための北極星のようなものです。常にそこにあり、船=プロジェクトの目指すべき方角を指し示します。 こうした試みにより、現場からも目標実現のための様々な手法、素材、ディテールの提案がなされ、遠隔作業ながら最終的な空間の実現に大きく寄与したと感じています。