
当初はリノベーションを検討 既存の石垣とその隙間に茂るシダがすでに風景となっている「稲荷町の家」には、もともと家が建っていた。当初、リノベーションを考えたが、重度の老朽化に加え、敷地にそぐわない間取りだったため、「小さな平家になりますが」と言葉を添えて建て替えを提案した。すでにクライアントの暮らしぶりや持ち物を把握していたため、住む力があるご夫婦だと確信しての言葉だった。 土地の決め手となった借景 新築のプランでは居間の位置を北北西の接道側に配置した。道路が1400mm下がっていることで近隣からの視線が気にならないこと、その先に借景となる緑が望めたからだ。 緑は、道路向かいのマンションの植栽、川向こうにある学校のイチョウの木、その先の山まで幾重にも重なって見える。北側からの柔らかい光、下校する子供たちの声、稲荷川のせせらぎ。お隣のブロック塀を眺めていた既存住宅にはなかった借景を、「稲荷町の家」では緑だけでなく耳でも味わえる。 見せ場となる家具 キッチンは松井木工のMIZUYA kitchen。たんす屋ならではの技術をキッチンへ取り入れ、ガラス戸越しに見える料理道具を見せたくなる設えだ。ウォルナットの色合いが、乾いた杉の床や砂色の壁と調和し懐かしさを感じる。キッチンは家具屋による製作だが、造作棚は大工によるもの。柱をそのまま活かした構造家具は居間からは飾り棚、台所からは食器棚として使える。また、家中央に配置したことからその奥にある冷蔵庫の目隠しにもなっている。勝手口から真っ直ぐ抜ける廊下の先にある玄関ドアを見るとほのかな薄暗らさと、廊下だけ直線に貼った床の木目がワンルームにつながる間取りにメリハリを与えてくれる。 細部まで工夫を凝らす 玄関はドアのキックガードの真鍮と土間コンクリートござ目仕上げが目を引く。和室のないこの家で唯一「いぐさ」を使い土間を型どった。この建築は一般的に言う化粧材やピカピカな石油製品をほとんど使っていない、そのお陰か当初よりクライアントと目指した懐かしい趣を感じる家が完成した。