
都心の集合住宅で暮らす人の割合は8割を占め、最も多くの人が暮らす住戸形式である。しかし、その暮らしは大地から遠く離れ、自然を感じることができない。 建主は80 年以上の人生を緑豊かな地方の戸建で過ごしてきた。窓の外は自然に囲まれ、家を出ると外である事が当たり前の生活。しかし、車が無いとどこへも行けず、高齢となるに連れて地方での生活に不便さも感じていた。今の生活圏では新たな学び、体験は出来ないと考え、知人と共に都心の集合住宅へ移り住む事を決めた。 玄関の外は共用部、窓の外は緑が見えず、今までと全く異なる生活環境へ移住する大きな決断。都心の暮らしに、田舎の家の自然豊かな環境を蘇らせ、同じフロアに暮らす知人との適度な距離感を保つ。そんな生活を実現し、都心に移り住むことに不安を感じる建主を勇気づけたいと考えた。 窓の外は雑居ビルの屋上が広がり、周囲から覗かれる可能性もある。また、遮るものが無いため窓からの強い日射によって、一日中カーテンを閉めたままの生活となる事を危惧した。そこで、巨大な柱の内側に「窓の帯」を沿わせ、柱の存在を消すと同時に柱型のデッドスペースに庭を作り出した。木質のどこか懐かしい空間は田舎の家を思い出す。窓の外は緑が包み込み、建主が生涯を過ごした自然豊かな環境を実現した。緑が自然のカーテンとなり、優しい木漏れ日を落とす。 次に共に暮らす知人との距離感について考える。計画フロアには住戸が2つしかなく、改修前には互いの住戸を頻繁に往来する姿を目にした。それは、まるで共用部も生活空間の延長であるかのように暮らす印象的な風景であった。新しい土地で2 人が別の住戸で暮らすのでは無く、生活を共にする居場所が2人の暮らしを豊かにするのではないか。しかし、共用部に手を加える事は出来ないため、住戸内に共用部と同じ素材を用いて共用部を引き込み、それぞれの住戸と共用部をひとつに繋げる事を試みた。2人が共に暮らす場の公性・共用部の私性をも高め、2人の暮らし方に合わせた距離感を作った。 コロナ禍において、地方へ移住が進む一方、高齢者には不便な地方暮らし。建築の力によって都心で理想の暮らしを実現し、自然を蘇らせる事ができる。自然と共に、人と共に生きることの大切さ。緑に包まれた暮らしがつくる自然との距離感、新しい土地で知人と共に生活をする距離感。それぞれが心地良い間合いをかたち作る。これから新しい暮らしにチャレンジをしようとする建主の背中を後押しできる住宅である。