富士山デザインハウス・インマヌエル

ビルディングタイプ
養護施設・福祉センター

DATA

CREDIT

  • 設計
    イチバンセン 一級建築士事務所、設備:有限会社ZO設計室、ランドスケープ:株式会社スタジオゲンクマガイ
  • 担当者
    川西康之、笹井夕莉、加藤雄一朗、姫野智宏、興津みなみ
  • 施工
    谷沢建設株式会社
  • 構造設計
    株式会社ANDO Imagineering Group
  • 撮影
    Nacasa & Partners

経緯 社会福祉法人婦人の園が運営する障害者支援施設インマヌエル(以下インマヌエル)は1982年(昭和57年)に入所型の障害者支援施設として、富士山麓の静岡県小山町大御神(おおみか)に開設された。社会福祉法人婦人の園は東京・大森にある大森福興教会の牧師が初代理事長を務め、その経緯から主に東京都民の障害者(以下、利用者)を預かる施設でありながら静岡県内に位置し、長いあいだ地域社会との交流を模索し続けてきた。 21世紀に入り、現在の新東名高速道路の建設計画が具体化し、既存施設が高速道路建設の事業用地となり、移転が迫られることになった。 静岡県小山町は静岡県の最東端に位置し、町内に富士山の頂上を含む豊かな自然に囲まれている。東京都内まで約100km、東名高速道路を使えば2時間弱で都心までアクセス可能という恵まれた条件を活かしてロジスティクス施設・工業団地・研修施設が多数立地し、河口湖〜箱根を結ぶ観光ルートでもあることから、大型商業施設やゴルフ場などリゾート開発も進み、新東名高速道路は地域にとってさらなる成長の起爆剤でもあった。 私たちイチバンセンは入所者の保護者からの紹介で、2012年から移転計画について敷地選定から交渉の補助、新規事業のブランディングデザイン、基本計画・基本設計・実施設計・工事監理まで合計9年間すべてに関わらせて頂いた。 敷地条件 静岡県小山町にとって、定員50名の入所型障害者支援施設を移転・新築することは滅多にない機会であり、地域社会との対話は困難を極めた。正直に申し上げて、障害者支援施設は地域で歓迎されない。結局、7年掛けて町内外28箇所の敷地候補を交渉し、様々なご支援を頂きながら、ようやく小山町須走(すばしり)地区に決まった。 敷地は企業の保養所・研修所が集まる東富士リサーチパークの一角にあり、元々大手住宅メーカーが開発した土地で、敷地面積は24,616.61㎡(=約7,447坪)だが敷地内の高低差は約12mもある。富士山〜駿河湾〜金時山まで見渡せる眺望を有するが、標高約700mで寒冷地であり、富士山頂からの吹き下ろし風と駿河湾からの湿気が交わり、土地の表層は火山灰という厳しい土地である。 事業主からの要望 事業主である社会福祉法人婦人の園にとって、高速道路建設に伴う移転・新築は築40年近くが経過して老朽化した施設を現行法令に従って更新できる千載一遇の機会である。しかしながら、新しい環境に馴染むことが困難な利用者も多いため、既存施設の雰囲気・機能・支援員のオペレーションを最大限に引き継ぎつつ、安全で快適な空間であることが望まれた。 インマヌエルの特性として、可能な限り男女を分け隔てなく過ごせること(安全への配慮から男女を完全に分離している施設も多い)、朝昼晩の食事は利用者・スタッフ全員が同時にひとつの部屋で食べること、があった。これは「施設ではなく家」という理事長の信念であった。 従来の障害者支援施設は、支援員が利用者の生活を補助することに主眼が置かれていた。慢性的な人材不足もあり、支援員・スタッフらの職場環境の改善も急務であった。ボランティア人員を受け容れるための寮の充実も求められた。 障害者支援施設の軽作業メニューとして、パン・クッキー等の製造を行っており、これをさらに発展的に充実させて「作業から事業へ」を目指して、ベーカリー・カフェ「パズル」として再出発することになった。 そのほかの条件 この計画の事業費用は、高速道路建設に伴う移転補償として中日本高速道路株式会社から一定金額が支払われる。補償に関する交渉のなかで、既存施設と同じ鉄筋コンクリート造・準耐火建築物であることが求められた。施設の開設当初から40年近く生活し続けている利用者も多く、バリアフリー法に準拠するだけでなく、利用者の生活空間は全て平屋建てとした。最新の法令・施設基準に従い、従来は4人相部屋だった利用者の居室は、全て1人ひとり個室になった。寒冷地であることから高い断熱性能も求められた。 建築的にどのような解決を図ったか 私たちイチバンセンは、あらゆるプロジェクトにおいて、可能な限りユーザーの「声なき声」「見えないニーズ」を分析し、計画・設計に反映させることにしている。今回も50名すべての利用者・保護者・スタッフたちと30回以上もの直接対話・ワークショップを重ねて、設計に反映させた。 その対話の中から導かれた最優先事項は「利用者の居場所の選択肢を増やす」ことだった。パブリックとプライベートの境界線を作ることが大きなテーマであった。利用者ニーズに合わせて壁の模様が異なる約50部屋のプライベート個室を可能な限りランダムに、必ず中庭に面して個室を配置した。安全確保のために施設内では死角を作らないようにしつつ、廊下は可能な範囲で蛇行させて、少し隠れる程度の小さなパブリック空間を点在させている。男女合わせて6つのグループごとに小さな集落をつくり、それぞれにパブリックの小サロンを、男女それぞれに畳敷きの中サロン、さらに男女共用の大サロンと食堂・中庭という、スケールに応じた選択肢を点在させている。 この建築で心臓にあたる空間は本館の食堂である。全ての利用者・スタッフが必ず利用する空間であり、お客様をお招きすることも多い。定員約100名の食堂を無柱空間とするために、RC造の折半屋根を開発し、富士山の頂上も見える窓の東西から豊かな光が差し込む。 イベント・軽運動・作業に利用する多目的棟はプレストレスト・コンクリートを活用した屋根構造とし、こちらも中庭と一体化した無柱空間を実現している。一方で少ないスタッフで安全な施設運営を実現するため、事務室・支援員室・厨房などから可能な限り広角に室内外への視界を確保している。 敷地の西側〜南端は利用者以外の市民・多くのお客様を招き入れるためのパブリック空間であり、富士山を望む位置にベーカリー・カフェと寮、イベント向け多目的棟を配置し、ジャブジャブ池や遊歩道で一日遊んで過ごせるように計画している。 敷地の東側は業務用導線・設備機器・訓練棟などを機能的に配置し、プライベートなエリアとなっている。 未来の福祉に向けて この移転・新築を切っ掛けに、インマヌエルではドイツ・デンマーク・オランダに負けない「自立する福祉」を目指して来た。周囲から隔絶する障害者支援施設から、地域で必要とされる空間に生まれ変わる。国内外から「行ってみたい」と思って頂ける空間になる。そのために従来どおりの「お金の再分配」ではない、「チャンスの再分配」を実現するため、富士山麓という景観を最大限に活用した空間を創り上げた。 福祉の現場では、利用者側とスタッフの間に「甘え」が蔓延しかねない。自らを律して、自ら目標を定めて、自分と社会のために働き、喜びを噛み締めて、毎日を活き活きと生きるための空間であって欲しい。そのため、私たちイチバンセンも今後もこの建築を育てることに関わり続けたいと思っている。

物件所在地

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