
改修前の建物は、雨戸と障子のみで構成されるガラスの入っていない和風の建物で、母屋から渡り廊下で繋がる離れだった。 内部にはとても立派な木材が使用されており、全開放出来る建具(雨戸・障子)の先にぐるりと巡る濡れ縁が、庭との程よい距離感を保つ気持ちの良い空間であった。 話を伺うと元々はゲストハウスとしての使用を考え、囲炉裏も囲める様にしていたとの事で、その徹底した通気の様に納得がいった。 対して、今回の改修では徹底した断熱性能の確保と、自身が使う水廻り機能を併せ持つ寝室を計画する事が求められた。 ただここで思いがけない要望があった。 それは、"母屋から続く廊下はガラリと雰囲気が変わり、まるでオリエントエキスプレスの車内に入ったかの様な錯覚に陥り、どこか時空を超えた世界に行くかの様なスペースにしたい"というものであった。 既存の素材を可能な限り再利用し、新たな空間を構築するという一般的なリノベーションスタイルとは大きく違う要望に少し戸惑う反面、その内容の壮大さにとても興奮した。 建物構成としては、まず全体をしっかりと断熱した上で、既存建物で感じた庭との程よい距離感を再現出来る様に、建物を一部減築し、大きな縁側テラスを配置した。 テラスに面したサッシには断熱性能の高い木製サッシを使用しているが、寝室との間にセカンドリビングというバッファーを設けることで、外部との更なる段階的な断熱関係を考慮した。 廊下の仕上げ材にはマホガニーを用い、鏡面仕上げ(正確には一歩手前の工程)とする事で、列車の豪奢な内装を表現した。 廊下部のサッシは高気密・高断熱の観点より既製品の樹脂サッシを用いた為、その内側にマホガニーの建具を嵌め込む事で全体の親和性を図った。 セカンドリビングの壁には古煉瓦を用い、力強い既存欄間との相乗効果を狙った。 築数十年という決して古くない建物でありながら、その構成により現代の住環境(性能)とは著しく異なっていた建物を最前線の設備で整え、更には豪華列車で繋ぐという発想は、海外に精通したクライアントならではのものである。 建物完成時、それまで気にもしていなかった列車の音が聴こえてきた。 最後の仕上げに至るまで、信頼をしてくれたクライアントに感謝したい。