
探求の場所 この建物は、料理を生業とする施主が、料理に向き合い、知識を深め、振る舞うためにつくられた住宅である。そのため、生活のために必要な風呂や寝室といった住宅に当たり前のようにある空間はない。自己と向き合い料理を探求するためだけの「探求の場所」を計画している。そこで、閑静な住宅地である敷地に対し、基壇と植栽により適度に距離を取り、内に拓かれるような建築を目指した。内部に中庭を設け、そこに向かうようにすり鉢形状の屋根を計画し、料理を創作するためのキッチン、寛ぎ知識を深めるための空間、来客を招くための玄関を設けている。長辺方向に伸びる梁の連続が、緩やかに内に拓かれる空間をつくりだすことを意図している。 すり鉢形状の屋根 この建築の最大の特徴は、偏心した逆四角錐台形(すり鉢形状)にかけられた屋根である。 建物の四隅から吊られた片持ちの谷梁(90mm×360mm)と長手にかけられた小梁(60mm×300mm)の架構による屋根面を構造用合板で固めることで、稜線と中庭の開口回りに引張力が、外周に圧縮力が作用した釣り合い状態となる。通常は傾斜した屋根面の短辺方向に垂木を配置するが、ここでは敢えて長辺方向に配置することで空間に回遊性を生み出している。中庭の形状がそのままオフセットしながら広がっていくような、外部と内部がぐるりと繋がる伸びやかな印象をつくり出している。 新しい多拠点生活 この住宅には、風呂もベッドもないが、自己を形成するための生活の拠点としての空間がある。 コロナ禍により、リモートワークが当たり前になり、都市と地方を行き来する多拠点生活や、住宅と仕事場の境界が曖昧になってきている。生活の拠点のつくり方は、時間と距離の関係を再構築することにより多様化してきている。この住宅は、住人の大切にする「料理を探求する」という価値観によりつくられた、新しい多拠点生活の場所としてつくられている。