
本施設は愛媛県松山市「道後エリア」をフィールドに、アートを通じて交流人口を増やし、将来に渡って継承可能な「道後らしさ」の再構築を目指す「道後アート 2019・2020」の活動・交流拠点として、29歳以下の若手を対象とした実施コンペによって選定された作品をベースに計画されたものである。 「上人坂の編集者として」 四国は松山、道後地区に点在する神社仏閣の一つに、時宗開祖である一遍上人の生誕地と伝わる宝厳寺がある。 道後温 泉本館の東、山裾に鎮座する宝厳寺へと向かう「上人坂」は、門前町としての歴史から始まり、夏目漱石名著「坊っちゃん」で は花街として描かれ、通称ネオン坂とも呼ばれた場所である。現在ではそれらのコンテクストが薄れる中、社会状況に伴う空 き家の点在も起因し、混沌とした空気を纏う場となっている。 本計画案が据えられるのは、その上人坂を登り切った先にある、アールの効いたエッジである。わずか50 坪程の土地であ るが、向かいにある宝厳寺から見下ろす風景を決定付ける立地条件を持つ。 無論、そこから映るのは歴史的コンテクストの みならず、山裾ゆえ両脇に広がる山々、坂上という立地条件から望む遠景が効いた、デプスを持った風景である。 本拠点が担う役割は、歴史・社会状況・風景という重層するコンテクストを纏う「上人坂の再編」である。薄れゆく歴史への 応答、沈みゆく地域社会への鼓舞、連なる風景への責任、それらを“一にして遍き”、土地の真価をアートとしてのスケールを超 越した「建築」によって示すこと、地域再編へ向けた多様な活動を内包する「多義的な拠点」を生み出す事が課せられた使命 であった。 「一にして遍く思想とその姿」 本提案を創造する手掛かりとして、上人坂を含む道後地区に歴史的拠点として点在する神社仏閣を参照した。既にこの地 において、数百年に渡り小規模分散拠点として根を下ろしてきたそれらをメタファーとする事は至極必然な判断であった。取 り分け着目し、本提案における建築構成要素のアウトラインとして設定されたのは、破風や緩やかな勾配によって表現され る、優美な曲面屋根という形式である。そして、その形状を定めるのは上人坂の歴史・風景というコンテクストである。 アール の効いたエッジと屋根の外形線の近似、かつての花街としての歴史を匂わせる妖艶なフォルム、周囲の山々に近似するフォル ムを近景として添える事で完成する風景という様に、描かれる曲線は私の意思のみならず、歴史・風景との合意形成のもとに ある。そのようにして描かれる線は、違わず美しいものである。 本計画案を建築として成立させるのは、大黒柱を主体とした構造形式である。直径7,800mmの円形平面に対し、偏心し た重心に大黒柱が配され、周囲を巡る高さの異なる柱から登り梁が集約されることで、木造による曲面を描く三次曲面屋根 が浮かび上がる。曲面を描く渦の中心となる大黒柱は強い求心性を宿し、人々を引き寄せ、多様な活動を内包する場を生み 出す。混沌と重層するコンテクストに対し、一にして遍く思想を貫く事で立ち現れる建築の姿が、その思想と近似する佇まい を持つ事は必然と言えるだろう。