
PROJECT MEMBER
建築家・早川邦彦氏が1989年に発表した「広尾の家」。この住宅を賃貸レジデンスとして再生するのが今回のプロジェクトです。「建築家が設計した数多くの住宅も、売却されればその多くは築年数や面積など画一的な基準によって価値が決まってしまっているのが不動産流通市場での現状であり、その中で、数字では拾うことの出来ないデザインの価値をきちんと拾い繋いでいくこと、そしてそれを評価し流通させることも建築と不動産のあいだにあるひとつの課題」―そのようにチームで考え、早川先生が設計された住宅という緊張感を感じながらプロジェクトにあたりました。 広尾の家は「開放的な2Fと守られた1F」という明快な構成を持つ建物です。2Fの室内は大きな窓から隣地キャンパスの緑と光がとりこまれ、頂点が3.82mにもなるヴォールト(かまぼこ型)天井の気持ちよい空間、1Fは中庭を囲んで4つの寝室とバスルームがありプライバシーが保たれた設計となっています。30年の時を経て設備や内装が痛み、また建物の所有者が移り変わってきた中、残念ながら一部は改造もおこなわれていましたが、建物を調査し過去の図面や掲載誌を読み解くと、幾何学的に整理された端正なファサード、折り重なる壁の表現、初期のコルビュジエを思い起こさせるような配色、高窓やトップライトから落ちる光、スチールサッシや手摺のコーナーワーク、雨漏りひとつない鉄骨屋根など、ひとつひとつに美意識が行き届いた丁寧な設計・施工の姿を感じ取ることができました。 打合せが進行する中、チームで共有したのは「保存復元ではなく、再生させる」という方針です。この建物のデザインルールに則り、何を残し、何を取り除いて何を付け加えるか?早川先生がつくられた骨格をそのままに、外部の緑と光を更に室内に引き寄せることはできないか?時を経た建物の佇まいの良さも伝わるようにしたい…等々考えながら、現代的で上質な賃貸レジデンスという着地点に向けて、水廻り一体の新しいプラン、全体の仕様、色、素材を決めていきました。経済的な視点も大切で、予算をどこにどう使うと効果的であるかを細かくご相談しながら進めた工事が完了し、早川先生のご主旨を引継ぎながら、美しく気持ちの良い住空間を新しい住まい手へつないでいくことができたのではと感じています。