Readymade

ビルディングタイプ
その他住宅
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211
日本 埼玉県

PROJECT MEMBER

DATA

CREDIT

  • 設計
    TYRANT Inc.
  • 担当者
    松葉 邦彦
  • 施工
    株式会社 高水鐵工
  • 構造設計
    寺戸巽海構造計画工房
  • 撮影
    撮影:広川智基 / 泉川拓馬

埼玉県坂戸市郊外の住宅地に計画されたカーポートです。国内外で活躍する抽象画家の門田光雅氏のアトリエが建つ敷地内に、カーポートとアトリエ出入口の庇の機能を持った建物を増築しました。 敷地境界と建物の間の形状をトレースする不整形な形の屋根と、その屋根を支えるための母屋、梁、柱のみで構成されたシンプルな建物です。屋根にはガルバリウム鋼板の波板を葺き、それ以外は全て鋼材に溶融亜鉛メッキを施した部材で構成されています。 不整形な屋根形状に合わせて柱と梁を配置しているため、その取り合い部においてはX軸とY軸の2本の梁が90°で直交せず、各々1〜2°程度ズレて接合しています。この僅かなズレは人の感覚では知覚するのが難しいレベルな上に、使用する部材が規格から外れるためコスト高になり、経済合理性の観点からすれば補正されてしまうものだと考えます。しかし、それをあえて補正せずそのまま計画しました。 昨今の3Dプリンターの活用により現実味を帯びてきた建築のマスプロダクション化や、AIを用いた設計手法の導入など、建築の歴史は社会にもたらされた技術革新に呼応し変革を繰り返してきました。それはその時々における最適解を求める姿勢に基づいていたのだと思います。 そのような観点からすると、今回の建物は知覚がほぼ出来ないレベルのズレを実現させるために規格外とする選択をしており、最適解を求めるという姿勢とは真逆の方向に向かうものであります。近年の建設コストの高騰を踏まえれば計画段階においてズレの補正を行うのが建築の設計者としては正しい選択だったと思います。ただ、別の角度から捉えると全く違う世界が見えてきます。 現代アートの祖と呼ばれているマルセル・デュシャンが「泉」や「L.H.O.O.Q」などの作品を通じて提唱した概念「Readymade」では、対象となる物の文脈を全く違うものに挿げ替えるということで新たな価値を提示しています。 今回の建物は屋根と母屋、梁、柱のみで構成された非常にシンプルなものであり、最適化を行えばコストを抑え、容易に建設が可能な建物でした。しかし私はその選択を放棄し、デュシャンが「泉」において男性用便器に書き込んだ「R. Mutt 1917」のサインや、「L.H.O.O.Q」でのモナリザの顔に描き込んだ髭をなぞらえて、あえてズレを与えました。それにより建築的な意味合いを剥ぎ取り、建築とは別の価値を与える事が出来ないかと考えたのです。 そして、クライアントである門田光雅氏が、アーティストとしての見地からその別の価値を見出し建物に与えたのでした。まさに「Readymade」のように。 Two Angles 例えば、私はマイノリティであるとか、私は人種の問題を抱えているとか、明確な「意思表示」が、今日の社会において重要な意味と役割を持ち始めている。強く訴え、理解を確立出来た者が市民権を得て、私たちの大元に働きかける。 上手く言えない者たちはどうなのだろうか。見えない過去や、分かりにくい理由がある者たち。黒にほんの一滴の白が入り込んだ、限りなく黒色に近いグレーを見分けることができる人間が、果たしてこの世に何人いるのだろうか。本人すら中々気付くことのできない「何か」が人と違うという理由で嘲笑やイジメなどを受けたことのある人は、この識別不能な色差に、苦しめられているのかもしれない。 今年3月に、会社を立ち上げて、新しい融資を受けることができ、自宅にカーポートの増設を同世代の建築家の松葉邦彦さんにお願いしたのだが、とても興味深いことが起きた。松葉さんがデザインした図面に対して施工業者が見積もりを行ったところ、想定の倍近い金額になったのである。別段、松葉さんは特殊な材料を使ったというわけでもなく、従来の駐車スペースの形状に合わせた、むしろストイックに無駄の無いデザインを考えてくれていた。無論、価格に納得いかなかった私は、施工業者に問い合わせたところ次のような予想外の答えが返ってきた。 「松葉さんの設計した図面が全て1度か2度ズレているんです。それを職人が全て手仕事で作らないといけない。既製品を使うなら他にいくらでも値段を下げる方法があるのですが」 私はこの言葉を聞いたとき、震えるような感動を覚えた。 確かに、角度を90度に揃えることができるような既製品は、複製が容易なため価格を下げることができる。あるいは見るからに角度のついた特殊な仕様や施工には、コストがかかってしまうことは想像に難くない。しかし、一見気付かないような、ほんの数度の角度のズレにも、むしろ手間や摩擦、見えないエネルギーが必要となる。これは人間や社会に置き換えても同じことが言えるのではないだろうか。大きな声にできないものや、説明が難しいものは、そのたった1度か2度の分かりにくい角度のズレに苛まれているのかもしれなくて、逆にほぼ、そのズレや違いがわからない分、苦しみが大きいのではないか。 私たちにはまだシェアできていない感覚がたくさんあって、そのことが今日の不寛容や、誹謗中傷などの大きな原因となっていると私は考えていて、そのような今日にまだ難解だったジレンマの可視化を、まさか経済の中に発見するとは思いも寄らなかった。 僕は、松葉さんの今回の仕事は、建築の範疇を超えて、これからの社会問題の新しい視点を提起できる、そのような潜在力を秘めた偉大な仕事をされたのだと思っている。松葉さんの傑作を目の前に生活ができる私はこの上なく幸運だ。 2022年11月 門田光雅

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