
ベトナム中部の辺境にある工場内の、職住を担う建物の計画である。中部沿岸部の気候は国内で最も厳しいと言われており、乾季にはフェーンが吹付け猛暑となり、雨季には台風と洪水が平野を水浸しにする。一方、海と丘陵に挟まれた計画地からは全方位に美しい自然が望まれ、建物は時と共に移りゆく景色を切り取る覗き窓となるであろう。本計画は熱帯の苛酷な気候から身を守りつつ、外部に手を伸べたくなるような建築を目指すものである。 大屋根と高床 ベトナム伝統の帽子である「ノンラー」に似た傘形状の大屋根が空間全体に影を落とす。通気を確保した二重屋根の構造は日射熱を遮蔽し、雨中でも窓を全開にできるよう深い庇が張り出している。地表のピロティは常時自然通風を促し、室内を湿度から保護している。 洞窟的なオフィス 建物の全周から通風と眺望を得られるよう外周の法線状に配した壁が、結果として外向きのV字形を形成する。屋根の下は三角形の小空間を内包するヴォリュームと、そのネガティブとして現れる隙間の大空間に切り分けられ、大空間の中央に置かれたオフィスは洞窟のような環境となる。 光のテキスタイル 熱帯地域の一般建築言語ともいえる有孔ブロックは、環境調節の役割に加えて独特の光のパターンを紡ぐ光学装置としても用いられている。周囲のおおらかなスケールに呼応するべく特注された、大型の有孔ブロックがヴォリュームの外面を覆うことで、内部のプライバシーが確保される。 住む・働く 働く場所であると同時に住む場所でもあるこの建物の多様な機能に秩序を与えるのは、公私を規定する7つのヴォリュームと、職住の緩やかなゾーニングである。ヴォリューム外部はオフィスやラウンジといった共有スペース、内部は役員室や寝室等の個人スペースとする。建物の中心から工場側に向かい執務空間、反対側には居住空間が配置されているが、両者の境界は曖昧にしている。 昼夜を結ぶ 遠隔地の建物ということで、照明は控えめにして光害を避ける。空が明るいうちは職場であった空間が、日暮れに伴い大きな住居に変貌する。その橋渡しをできるだけスムーズに行うのが照明の役割である。光と影のコントラストが薄明へ移りゆき、不足する明度を補うように照明が灯される。 地方で築くこと ベトナムの地方で行われた建設には、ホーチミン市から派遣された職人の他に、地元の農民や作業員の参加する混成チームが指揮された。熟慮と即興が入り乱れ、建設というより農作業を想起させる現場風景が展開され、地方で建設することの限界に挑戦するプロジェクトであったと言えよう。