稲城の家

ビルディングタイプ
戸建住宅

DATA

CREDIT

  • 設計
    森田悠紀建築設計事務所
  • 担当者
    森田悠紀
  • 施工
    株式会社水雅
  • 構造設計
    KMC 蒲池健
  • 撮影
    西川公朗

多摩丘陵を造成した住宅地の頂上に位置する敷地は広大な緑地に面し、豊かな自然と多摩地域の街並みを一望できる大らかな空気感が流れる場所である。 建主は北欧ヴィンテージ家具店を営んでおり、設計は竣工後に置かれるヴィンテージ家具・照明のリストに目を通すところから始まった。 『家具と風景から導き出した実直な建築の姿』 北欧家具といっても幅は広く、芸術品の様なものから日常使いのものまで様々である。建主が選ぶ家具はどれも後者の、必要な機能がそのまま形になった様な簡素で実直なものであった。これらの家具を建主の価値観を表すものと捉え、それらが納まる器としてのあるべき姿を模索した。 設計では敷地の恵まれた眺望を手がかりに、風景を切り取り、暮らしを包み込むシンプルな切妻屋根を架けた。屋根架構をあらわしとし、開き止めの水平材も木材としたのは、ここに納まる家具同様に建築の成り立ちが分かる納屋の様な架構が相応しいと考えたからである。 また、竣工後の自由な家具・照明の配置や追加を担保するため、家具レイアウトの検討とライティングダクトの計画を押さえた上で、作り込みすぎないバランスを心がけた。 『空気感を支える象徴的な構造架構』 「A」の字型の屋根架構は、この場所のダイナミックな風景やヴィンテージ家具の存在感とも釣り合いの取れる象徴性と強さを備えたものとして考えた。梁のピッチは1820mmの3分割である606mmを基本とし、無骨あるいは繊細になりすぎることを避け、この土地の魅力に呼応する大らかなプロポーションとスケール感を意識した。いずれも架構を構造的な必要性を満たしながら、空間の意味や空気感を支えるものとして考えた結果である。 『建築の成り立ちを街へ示すこと』 ダイニングとリビングを別の空間としたのは建主の要望がきっかけであった。1階のダイニングは緑地の法面に囲まれる様なコンパクトで親密な空間、リビングは2階に設け開放的で伸びやかな空間という、対照的な居場所となる様に心がけた。 眺めの良い2階では幅360mmの柱と、サッシの無目材を兼ねる梁等を組み合わせた方杖ラーメンフレームを用いることで短手方向の耐力壁を無くし、長手方向の伸びやかさと両端部の大開口を実現した。南東の緑地側では風景を文字通り構造体によって印象的に切り取り、北西の道路側は開口を通して屋根架構を道路側に表出し、この住宅の成り立ちを街へと示している。 建築が担うことの出来る価値は多様で幅広い。瞬間的に心を動かす様な力強く鮮明なものも大事である一方、建築の真価は数十年の長い年月を経て、ようやく明らかになるものだと思う。そしてそれは例えばその建築が無くなった時に初めて気づく様な、ささやかで、しかし毎日確かに吹き続ける微風の様なものかもしれない。 竣工後、家具が入った空間を訪れた際、建築と家具が自然な形で共存していることに手応えを感じた。この建築が、時間の経過と共に魅力を増すヴィンテージ家具の様に育ち、住まい手やこの住宅を取り巻く人々の暮らしを人知れず後押ししてくれることを願っている。

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