
補足資料








PROJECT MEMBER
約4000年前、伊豆半島大室山から流出した溶岩は地形の凹凸を埋めながら相模湾まで流れ下り、山地を緩傾斜の台地へと変造した。その後、この台地には植生が遷移し、適度な日射と海への眺望を持つ広大な居住地へと発展している。 この場所に住むということは、この大きな地形変動の中に身を置くことを意味し、建築は一時的にその表皮を占め、固定する行為である。つまりこれは動くものと動かざるものの間の試行として、自然の中の秩序という知覚の増幅を狙ったものである。かくして住宅は4000年の時を超え、溶岩の流れの上に碇泊する舟の様なものが想見された。 本敷地は、66年前に開発された別荘地であるものの今まで一度も建設されなかった区画であり、15m以上まで真っ直ぐに延びるヒノキが濫立する林だった。この土地からの眺望は、近景に四季を感じる林、遠景に伊豆諸島の島影という絵画的な情景がある。また、その木々によって敷地内は適度に日射や風が遮蔽され、外界よりも快適な木漏れ日空間を自然に形成していた。それは、既存地形そのものが人間生活の内部を守り続けるということである。 建物の外形は敷地内の樹木配置にあわせ様々な形状を検討したが、検討するうちに樹木という動きのあるものに“一時的に”合う形を見出すことよりも、自然の中に別種の幾何学を馴致していくことの方が動かざる建築として相応しいと思うようになった。長いプロセスを経てボリュームの引き算を繰り返した結果、シンプルな矩形の家型となった。矩形・尺貫法による秩序は我が国の建築の叡智の結晶である。 メインフロアは既存樹木の位置と葉張りの大きさ・高さを詳細に拾い、より綺麗に水平線が広がる高さとして地盤面より約2m上方に設定した。溶岩流の上に浮かぶ床である。この床は外部まで延びデッキテラスとなり、周りの樹木と同じようにそっと根を下ろし固定される。それにより1階の柱は高く延びることになり、デッキテラスを支える柱は最長で4.4mにもなった。細く長い列柱は1階と2階の階高の差異を強調しており、ヒノキの垂直性に呼応し、林に溶け込んでいる。 内部は窓の外の自然物に対峙することの出来る重さを持った設えにしたい。壁天井すべてを木毛セメント板、床を樹脂モルタルとし、給気口などの設備機器の納まりを細部まで丁寧に作り込むことで、その朴訥な物質性を保っている。 海を遠景に臨む開放感と穏やかな林に護られるという安心感。この両義性をそのまま活かす設計を行った結果、刻一刻と変化する風景に対してこの建築は、しかしながらその穏やかな形態ゆえに自然に呑み込まれているようにも感じられた。 建築は固定された動かないものでありながらも、一時的に自然地形にそっと留められているだけの存在である。その時、動くものと動かざるものの間で、制御不能な力に抵抗する能力、幾何学的に変形せずとも感情的に変化しやすい建築の本質的な儚さが可視化されるのかもしれない。