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住宅からはみ出した、危機と余暇の場 「Iさんの避難観測所」は埼玉県の荒川流域にある市街地に建つ。車も人も行き交い街としての人気が高まっているが、自治体が定めているハザードマップによれば、台風や豪雨災害が発生して荒川が氾濫した場合、その市街地の大部分が3mを超える水深で浸水する危険性があるとされている。昨今、毎年のように全国各地で自然災害が起きていることからも、この地に住む人びとはより危機意識をもって災害への備えがあることが望ましい。 建主のIさんは、同居する高齢の母親のことも考慮し、災害時には離れた公設の避難所へ向かって滞在することは精神的にも身体的にも負担がかかるだろうと、自宅の敷地内で避難が可能となるような居場所を求めた。 既存母屋2階の洋室から仮設のスロープを架けることで、車椅子でも進入することができる小さな部屋を南側の庭の上空につくった。部屋の床は地面から約4mほど高い位置にある。水害時には水圧を受け流し、一方で漂流物の衝突にも耐えるために、鉄骨トラスで組んだ450mm四方の1本柱がこの小さな部屋を支えている。 部屋の壁にはそれぞれ大きな開口を設け、屋根にもハッチ状の天窓を設置している。水害時に漂流物によってひとつの脱出口を塞がれても、他から逃げ出せるための備えである。結果的に、部屋は外の世界へ投げ出されたかのように開放的で、街の中をプカプカと漂うような浮世の感がある。建築というよりも宙に浮いた船の内部に近いかもしれない。外側は、全体が金属の質感を纏っているためにどこか屹立とした印象を与えているが、開口部が大きく地上からも部屋の中をいくらか覗くことができるので、孤立の印象も少ない。 この小さな建築の目的は上記のように災害時の避難であるが、日常的にはIさんの天体観測の趣味や休息のためのスペースとして使われることになっている。天窓のハッチを開け、望遠鏡を伸ばして北側の夜空を眺める。そして地上を行き交う地域の人びとをぼんやりと眺めながら1杯。そんな余暇のための部屋でもある。 非常時への備えと、日頃の遊び。危機と余暇。生活の中で両者はまったく異なるものであり、触れ合うことはない。ただ、もしかするとどちらも機能の集積によってでき上がった合理的な日本の近現代住宅からは締め出され、放って置かれた人間の営みではないだろうか。庭の真ん中に建つこの小さな建築は、そうした人間生活の二つの極なる部分を抱え込もうとしている。 (佐藤研吾)