洞窟ノイエ -触覚をデザインする-

ビルディングタイプ
共同住宅・集合住宅・寮
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233
日本 東京都

DATA

CREDIT

  • 設計
    株式会社 ツクルバ
  • 担当者
    松山敏久
  • 施工
    関口建築
  • 撮影
    Hiroshi Tsunoda

共同住宅の住戸において、明るく開放的な居室ばかりを確保することは難しい。 採光を取り込めない暗がりの空間が生まれることは必然であり、その居室に機能以上の存在意義を持たせることができないかを考えた。 なお、この住宅は設計者の自宅である。 本計画は、築50年を超える中古マンション(RC造)のリノベーションである。 60戸に及ぶ住戸が各階に横並びに配置され、片側共用廊下から各住戸にアクセスする、よく目にする共同住宅の形態である。 本区画は少し変わった凸型の形状をしており、その凸部分や共用廊下に面する居室は北側共用部に面していることもあり、採光の確保が難しい部屋が生まれる。 そこで、この暗がりとなる空間の在り方を考えることから設計を始めた。 陽当たりが悪いということで、暗く陰湿な部屋と感じる「感覚」を緩和させられないか?を考え、洞窟から着想を得て、住戸全体の明るさを敢えて抑えた住宅を作ることを考えた。 この住宅には明るさ確保の基本となる、白い壁や天井はない。 南西向きのバルコニーに面してLDKを配し、隣接する凸部分に寝室を設けたこの家は、水廻りを除いてひとつの空間で繋がっているが、ひと繋ぎの空間としてのイメージを崩すことなく、部屋を分けることも可能としている。その仕掛けを担うのが、8尺に及ぶ大型引戸である。 LDKと寝室の間に極力大きな開口を設け、間仕切る引戸を壁として見せることを目的に、大型建具を現地で造作し、建具としての存在感を消すために天井材にも使われている杉板貼で化粧を施した。 洞窟のような空間とするための仕上として珪藻土を施しているが、混ぜる砂利の粒度を変えることで、ひと続きに繋がる空間に緩やかな変化を与えている。 寝室には一分、LDKには七厘、土間には五厘の砂利を混ぜることで、各室で異なる陰影を生み、壁天井の表情を変えている。 寝室奥の壁には、各部屋の砂利の粒度と数種の色味を微調整した版築風の左官仕上とすることで、LDKからのアイストップをつくり視線に奥行が生まれ、体感的に広さを感じられることを実現した。 寝室は、空間に奥行をつくる役割を果たすのである。 砂利の粒度の違いについては、機能的な側面からも意図して使い分けている。 主動線となる土間や廊下については、衣服の擦れを許容できるように粒度を小さくし、洗面室や浴室においては、さらに粒度の細かいセメント調の左官で仕上げることで、肌の擦れを許容できるようにしている。 各室で想定される振る舞いや感覚を、砂利の粒度を使い分けることで視覚だけでなく触覚の感じ方にも変化をもたらせることを意図している。 玄関脇の土間エリアにはワークスペースを配すことで、LDKの寛ぎの場と距離を取り、ON/OFF(職/住)の気持ちの切り替えが出来るようにしている。限られた空間の中で、意味のある機能を付与することは、空間の実利に紐づくのではないかと考えている。 この住宅はコロナ前に竣工しているが、コロナ禍において在宅ワークが多くなった環境下において、ワークスペースをどこに設えるか?は、環境において正解は様々だが、改めて職と住の関係性を問いただすタイミングではないだろうか。 左官は光の当たり方によって日々表情が変わる。 住空間において、あたりまえのように存在する白い空間の在り方を改めて再考することで、この家では素材の持つ存在感が、視覚だけでなく触覚にまで訴えかけるのである。

物件所在地

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