
クライアントの鶴屋長生は、京都の伝統の和菓子作りの技術を継承し、茶道で用いられる伝統的な京菓子を作っています。 しかし、京菓子は若い人や外国人観光客にとって馴染みがありません。そのためクライアントは、伝統の製法と味を守りつつも、若い人や観光客が気軽に味わえるように考えられた新しい和菓子を販売する店を、国内外の観光客がたくさん訪れる清水寺の近くに計画しました。 京菓子が用いられる茶道は、茶室という日本特有の内装空間の中で行われます。現代の日本では、茶道や茶室が身近なものではなくなってきています。そこで、より多くの方に茶道という文化を身近に感じていただきたいと考え、茶道で使用される懐紙をモチーフにこの空間をデザインしました。懐紙とは携帯用の小ぶりの和紙で、茶道では和菓子をのせる皿の代わりなどに使います。また、茶室に使われてきた障子や左官壁などの伝統的な内装の要素を取り入れつつ、この店の個性になるようにアレンジしました。 通りからお店の奥に続く柔らかい光の壁は茶室にも使われる障子の特徴を生かしたものです。この背面を光らせた障子の骨組や陳列台の側板の模様、レジカウンターの格子の大きさはすべてこの店のモチーフである懐紙と同じ大きさに統一しました。懐紙は規格の大きさが決まっていて、男性用(175mm×206mm)と女性用(145mm×175mm)で 2つの大きさがあります。基本は2つに折って使いますが、縁起が良いとされる鶴の形に折って使うこともあります。障子の所々に浮かび上がる模様は、鶴を折った懐紙を広げた時にできる折り目の模様です。この模様を和紙の背面に赤い線で入れ、ほのかに赤い影に見えるようにしています。懐紙やこの鶴の折り方を知っている人は少なくなっているので、ショップカードにも同じ模様を入れて、実際にお客さんが鶴を折る体験ができるようにしています。そして鶴を折る工程がわかるように、本物の懐紙で鶴を折る手順をディスプレイとして飾っています。 店内全体はブランドカラーであり、日本の伝統色でもある朱色を淡くした色で統一しました。淡く鮮やかな色は和菓子の特徴でもあります。この色の左官壁は、氷餅粉というきらきらとした粉がついている和菓子をイメージしました。 ロゴもこの店のために新しくデザインしました。鶴のマークは、鶴屋長生に昔から伝わる伝統的な鶴の形の和菓子から着想し、この店で販売される琥珀糖という和菓子を並べたような形にしました。 京菓子の伝統の製法と味を守りつつも、常に新しい可能性を探求されている鶴屋長生の新店舗として、店の空間も伝統的な意匠や工法を元にしつつ、新しさを感じて興味を持ってもらえるような意匠にすることで、お客さんと店員の会話のきっかけを作り、新しい和菓子の味を楽しみながらこの空間を体験することが、京菓子の歴史や茶室などの日本伝統の空間に興味を持つきっかけを与えられるような店を目指しました。