止揚する家

止揚 (しよう 独:アウフヘーベン/Aufheben)  止揚とは、「異質や対立等の2つの要素」が、それぞれの本質を失うことなく、より高い段階で一つに纏められることを意味する。「双対(そうつい)関係」あるいは、「双対性がある」と表現される。  本計画では、「2つの要素」を「ウチ(内部)」「ソト(外部)」とし、「止揚」や「双対関係」を住宅に体現するならば、どのような作法が望ましいかを探究した。空間同士が「止揚」するならば、住宅にはどのような可能性があるかを提案する。  敷地は、新潟県長岡市に位置している。近くには信濃川が流れ、田園風景が広がるのどかな周辺環境だ。計画地は、近隣に子育て支援センター・美術館等多くの商業・文教施設があり、静と動のバランスの取れた生活ができる。計画地から、全国的に有名な夏の「長岡花火」会場も近く、賑わいのある町・歴史・住民の温かさを感じられる魅力溢れる地域だ。ただし、長岡市は雪深い。冬季ともなれば、2m近い積雪量となることもある。一般的に「雪国の家づくり」は、防御的・閉鎖的になりがちである。本計画地は、長岡市でも賑わいのある地域でありながらも、「家(ウチ)」と「地域(ソト)」は、分断されていることが多いと感じている。  防御的・閉鎖的が悪いというわけではない。むしろ、それが雪と共に生きるという上で重要である。しかし本計画では、絵本の読み聞かせや貸しギャラリー・地域交流の場等、様々な活動を行える家にしていきたいという要望が上がった。雪国「だからこそ」地域との繋がりを大切にしたいと強く考え、雪国の家づくりを良く知る地域の工務店と協力し「止揚」を汲んだ空間に挑戦した。  平面構成は、11.50m×4.55m長方形の極めてシンプルな計画である。構造は、木造軸組工法を採用しつつも、正面ファサードには、可能な限り大開口を採用している。「ウチとソトの止揚」を体現するために、従来の住宅概念を一度ほぐし、壁・廊下・機能・動線・納まり等を再構築した。さらに、プライバシーレベル(以降:PLv)を設定し、北側に向かうほどにプライベート空間(PLv:高い)を、南の前面道路側に「ウチ」と「ソト」の連続性(PLv:低い)を計画し、廊下や壁も無く開放的な空間としている。  本計画では、可能な限り「〇〇室」という固有用途を除している。例えば、玄関が無い。建物に入ると、すぐに土間・アトリエ・キッチン・リビングと連続する。木製両開き扉を解放すると、外部ステージ及び外部空間とも繋がり、「ウチをソトに開き」「ソトをウチに取り入れる」という双対関係を構築している。「ウチ」と「ソト」をつなぐ重要要素は土間であり、室内でありながら外部のように活用できる。雪国の家の基礎高ではなく、1階フロアレベルを極力抑え外部空間に近づけるように配慮した。外部空間の時間経過を内部空間へ取り組み、境界を曖昧に行き来しているよう、空間に連続性を持たせた。建物中央に造作キッチンを配置し、いつでもおもてなしができ、地域に開かれ多用途に利用可能な空間を目指した。キッチンを中心にすることで、全方向を視認でき、安心・安全に家事に取り組め、多様な活動を支える一助となる。  仕上げ材料は、床・天井を簡素な構造用合板UC塗装を主軸に、コンクリート、白色、アルミ色に限定し、シンプルな設えとした。冬季には、南側に設けた土間によって、直射日光が蓄熱され夜でも室内が温かく、暖房負荷低減に配慮している。2階主寝室では、深いバルコニーにより直射日光を遮り、夏場の冷房負荷低減を図り、建築手法による省エネルギーへの配慮も行っている。 完成して1年が過ぎた頃から、週末になると近所のこどもたちが遊びに来るようになってきた。地域に開かれた家は、自然にこどもたちが集まり、こどもたちのご両親が集まり、会話が生まれ、小さなコミュニティーが育まれている。「ウチ」「ソト」の異なる2つの要素を、中間領域を介して一つの空間を創出することで、「止揚」という思想を汲んだ住宅のあり方を見出せたと考えている。晴れた日には木製建具を解放し、ステージまでテーブルを連続させ、多くの人と「ウチ」「ソト」の境界なく、素敵な時間を共有することだろう。これは、古くから日本にある、通り土間や路地的な商店様式、大きな玄関土間に通じている。あるいは、桂離宮にある内部空間にいながらにして外部空間を感じる変化を、「止揚」という思想を体現することで、現代に継承する手の入れ方になる可能性があると考えている。  豪雪地帯でありながら、「ウチ(内部)」「ソト(外部)」を「止揚」することで、地域に開かれた住宅を創出できることができた。雪国の工務店にとっても挑戦的なプロジェクトであったこと、素敵な空間づくりに尽力してくれたことを含め最大限の賛辞を送りたい。

チーム

メンバー

クレジット

  • 設計
    廣田真治+アークエイト
  • 担当者
    廣田真治 今井賢一(アークエイト※元社員) 関礼子(アークエイト※元社員)
  • 施工
    株式会社アークエイト
  • 撮影
    Shinji Hirota

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