
PROJECT MEMBER
DATA
- ビルディングタイプ
- 共同住宅・集合住宅・寮
- 工事種別
- リノベーション
- 延べ床面積
- 53.76㎡
- 竣工
- 2025-03
CREDIT
- 撮影
- 中村晃
- 設計
- hyappo
- 担当者
- 木村寧生
- 施工
- BE
変化する生活と、優柔不断の肯定 本計画は、文京区・千駄木にある区分マンションの改修である。私と妻との二人暮らしのための自邸である。千駄木というまちに惹かれ、ここで暮らしたいという気持ちが強まる中、限られた予算で手に入れられたのは、専有面積53平米という小さな住まいだった。 設計を始めた当初、私たちの平日は帰宅が遅く、家で過ごす時間も限られていた。たとえば「寝る場所」と割り切れば、寝室を贅沢につくってリビングをなくすという選択肢もある。その時の生活に合わせて最適化する、という考え方だ。 しかし、当時すでに退職と独立を控え、暮らしが大きく変わることは明らかだった。将来的には出産の可能性もある。53平米という限られた広さの中で、すべてを叶えることはできない。将来を見据えて明確に「決める」ことが難しい状況だったが、だからこそ今回は、その優柔不断さをポジティブに受け入れ、変化に開かれた住まいを目指すことにした。 テキスタイルによる境界面 空間をひとつながりのワンルームとしながら、必要に応じて緩やかに区切る方法として、家具で仕切る案も検討した。しかし、「ちゃんと仕切ろう」と思うと、どうしても家具が大きく、重たくなりがちで、おおごとになってしまう。そうした仕切りは、暮らしの自由さを奪いかねないと感じた。 そこで、境界面をテキスタイルでつくるという手法を選んだ。軽やかで柔らかく、触れたくなるような素材。視線・音・光・風といった要素の透過度を調整することで、関係性をつくる。布を巻き上げたり重ねたりすることで、光の入り方や視線の抜け方も自在に変えられるし、遮音カーテンを用いれば音をやわらげることもできる。固定された重くて硬い壁ではなく、その日の気分や生活のかたちに応じて調整できる「やわらかい壁」である。 インフラとしての鉄板天井 天井には、溶融亜鉛めっき鋼板(SGCC)を使用し、マグネットでテキスタイルを自由な場所に固定できる仕組みとした。鉄板の外側にはライティングダクトを設け、テキスタイルの位置に合わせて照明も移動できるようにした。この鉄板天井は、いわば暮らしの変化を受け止めるインフラである。 光と風が抜けることを重視した現在の状態 本区分は、不忍通りに面した9階に位置しており、周辺建物が低いこともあって、採光、風通、眺望に優れている。したがって現在の空間では、東側の窓からの光や風、眺めを、室内のどこにいても感じられることを大切にしている。 テキスタイルは、その役割に応じて使い分けており、透過度・艶・色味・手触りなどの異なる6種類の布を選定。各居場所に適した素材を配置している。 たとえば収納まわりには3種類のテキスタイルを用いており、窓側の面には視線を遮りつつ光を通すものを、他の2面には厚手で艶のある生地を採用。後者は照明を当てた際の反射を活かし、空間の質感に変化を与えている。窓際のワークスペースでは、メッシュ素材を2重に重ねることで柔らかい抜け感を作り出した。ダイニングまわりには、透過度が高くやや硬さのあるレース生地を用い、マグネットによる固定方法を工夫することで、分厚く立体的な居場所としての質量感を持たせている。また、照明を拡散させるシェード的な使い方をしたテキスタイルには、縦糸と横糸の色が異なるものを採用。光の当たり方によって微妙に見え方が変化し豊かな表情が生まれる。 東側の窓から入る光は、鉄板で仕上げた天井や壁面でやわらかく反射され、テキスタイルでさらに透過・拡散されることで、室内の奥へとじんわりと広がっていく。ダイニングテーブルには土木用のグレーチングを用い、光を通しながらも視覚的な圧迫感を抑えた。また、左官仕上げの壁面にはテクスチャを加えることで、光の存在を可視化している。 こうした設えのひとつひとつは、単体で完結するのではなく、互いに関係し合いながら、ひとつの大きな装置として空間を構成することを目指している。 生活は間取りに先立つ 気分や時間帯、季節ごとに変化する光や風の感じ方に応じて、テキスタイルの位置や重なりを少しずつ調整することが、住まいと向き合うためのささやかな習慣となっている。今後、生活スタイルが大きく変わったときには、テキスタイルの配置そのものを大胆に変えることもあるだろう。あらかじめ決められた「間取り」に生活を当てはめるのではなく、生活の変化に合わせて空間を育てていく。 「生活は間取りに先立つ」 この言葉は、設計の過程だけでなく、これからも続いていく日々の暮らしの中で、何度も立ち返る指針となっていくはずだ。