




数寄屋建築の天井を遺すこと 数寄屋建築を改装した宿泊施設である。場所は京都東山の歴史的建造物が軒をつらねる通りに面している。 天井裏に保存されていた御幣によると、既存建物は大正9年に上棟しており、大工は、当時祇園のお茶屋建築を多く手がけた数寄屋大工、建主は、当時大阪一と言われた料亭の主人であり茶人としても記録が残る人物であることが分かった。当時の茶会の記録、大正茶道記を調べると、本建物の記述があり、大正後期から昭和初期にかけて、この茶人が茶会を催す場として使われていた事が分かった。 南北に細長い敷地で、建物は敷地形状に沿って南北に細長く西寄りに配置されている。建物の東側には庭が設けられていて、各部屋には庭が眺められる大きな開口部があり、数寄屋建築ならではの雁行した平面配置により、建築全体として庭と一体の空間構成となっていた。 可能な限り遺すべき建物であるが、宿泊施設として設備機器の設置が必要である。照明、空調機器等を施すため一般的には天井をやり替えることが考えられるが、数寄屋建築の場合、天井意匠に特徴があり、やり替えはその価値が損なわれると思われる。本建築も特に天井意匠に凝った建物であり、北山杉で組まれた軒天井、部屋ごとに意匠を変えた竿縁天井、床の間の網代天井、そしてシルクの柄紙が貼られた2階洋間の折り上げ天井など、遺すことが課せられている意匠である事は、これらを実測して図面化していく過程でより一層感じさせられた。 そこで、照明は天井を改変せず、既存の入れ替えやダウンライトを最小限に新設し、それ以外は床置きの造作家具や、後述する方法で開口部に間接照明を施して照度を確保した。空調も天井には設けず、床置き、壁掛けエアコンとし、さらに換気扇も入れ込んだ造作家具として空間に馴染ませた。 天井は保存するだけではなく、既存意匠をより良く見せる工夫もしている。保健所とホテル運営の条件により、窓にはブラインドが必要であったが、ブラインドボックスを設置する天井側に間接照明を施して、既存天井をライトアップしている。 床は殆どが畳敷きであったことにより、通常天井裏を回す電気配線を、床下に変えて、スイッチ、床暖房のコントローラーなどは、必要な場所に柱状に立ち上げた家具のような造作に施す事により土壁を遺している。 その他、新たに造作家具を設けているが、これらはあえて素材や色合いを既存と変えたオーク材とした。そうする事で新たに挿入した事がわかるようにすると共に、新旧を可視化してその関係を表現したのと宿泊客に清潔感を印象付ける効果をねらった。浴室や洗面所も同様の考えで、オークの造作家具とヒノキの壁天井、強化ガラスの開口部にした。メインの浴槽からはガラスの窓を介して西側にある坪庭を眺められる。 このように、終始既存建物へ敬意を払いながら設計し、細かいところの色合いや素材感は現場で丁寧に確認して決めていった。既存のまま、或いは既存に寄り添う控えめな付加で、既存の空間構成、意匠性は変わらない快適な宿泊施設となっている。

