
補足資料



PROJECT MEMBER
海を主役に、客室を背景とする ── 老舗旅館最上階の再生 日本海に面した京都府京丹後の海岸線に位置する既存旅館のリノベーションプロジェクトである。最上階を再構築し、最大120平米超の広がりを持つ4室へと生まれ変わらせた。 本計画の根幹にあるのは、眼前に広がる日本海の雄大な海景を絶対的な主役とし、建築空間はあくまで風景に溶け込む背景に徹するという思想である。周辺集落に残る伝統的な建築語彙をインテリアエレメントとして転用・再構成することで、室内空間そのものが微小な集落的様相を呈し、自然な視線誘導によって海へと導かれる連続的な空間体験を創出した。 天井高2000mmと低く抑えた踏込空間から葦の障子を開け放つと、天井高約4600mmの勾配屋根の居間空間が広がる。この圧縮と解放の対比が、訪れる者の意識を海へと開いていく。居間は縁無し畳敷きとし、北側全面の開口によって日本海を額装する構成とした。踏込から居間、そして浴室へと至る動線は、常に海への視線を軸に計画している。 各室に設けた天然温泉の浴室は、閉塞的な小室ではなく、天井高を活かした開放的な空間として再構築した。水平性を強調したデザインにより、入浴者は海と一体化するような没入感を得る。105×12mmの焼杉をルーバー状に配した天井は、高湿度環境への耐久性を担保しつつ、空間に陰影の深みと奥行を与えている。床面には吸湿性に優れた十和田石、浴槽には檜を採用し、視覚と触覚の双方から日本の入浴文化を体感できる構成とした。 本計画では、建築の持続可能性を「長押」という伝統的建築要素を起点に再解釈している。オニオンレイヤードモデルの原則に則り、長押より上部を耐久性の高い不変の領域、長押より下部を可変的な領域として明確に分節した。長押にはガラスや建具を差し込むことで空間構成を変更でき、将来の改修は長押下部のみで完結する。天井の焼杉は湿度への耐性と長寿命を考慮した選択であり、下地を含めすべて木をベースとすることで、単一素材による更新の容易さを確保した。部材を耐用年数別に整理し、それぞれの層が独立して更新可能な設計とすることで、建築の美しさを保ちながら時間とともに持続していく仕組みを構築している。 素材選定においては、地域の文脈との対話を重視した。湿地帯に生育する葦を熱圧縮成形した障子は、通風・採光性能を維持しながら、海辺の風景を想起させる揺らぎの視覚的表現として機能する。左官壁には雲母を混ぜ、時間帯によって表情を変える光の演出を施した。丹後ちりめんのカーテン、地元工房の提灯など、地域の手仕事を空間に織り込むことで、客室そのものが地域文化への入口となることを意図している。 環境性能においては、温泉の客室ごとの個別制御による省エネルギー化、北側海面を均等拡散面として活用する日中の自然採光、高断熱・高気密化と床暖房の導入により、厳しい日本海側気候における年間を通じた快適性を実現した。長押に仕込んだ間接照明は、夜間も柔らかな光環境を維持する。 地域の風土と対話し、伝統的建築要素を循環型設計の起点として再解釈することで、持続可能な宿泊体験の新たな可能性を提示している。
