




補足資料



PROJECT MEMBER
― 山形市東部・庭園と蔵の再構築 ― 場所は山形市東部、戸神山の麓。 江戸時代から続く和風庭園と、明治期に建てられた蔵のリノベーション計画です。 最初の相談は、「300坪近くある庭園を、これからどのように維持し、残していけばよいか」というものでした。 大きな池、丁寧に手入れされた松やキャラ、枝垂れ桜。長い時間をかけて育まれてきた庭の風景はとても美しいものでした。一方で、その維持には大きな労力が必要です。ご家族の高齢化や周辺環境の変化、隣接地の宅地化などにより、これまでと同じ形で庭を守り続けることが難しくなっていました。 そこでこの計画では、古いものをそのまま「保存」するのでも、すべてを新しく「更新」するのでもなく、「庭」と「蔵」をひとつのものとして捉え直すことから始めました。 長い時間をかけて受け継がれてきた風景や建築の記憶を残しながら、これからの暮らしに合った庭と建築の関係をつくり直すことを目指しました。 庭を再編集する 庭園は約2/3の規模まで整理し、これから先も無理なく維持していける大きさへと再構成しました。 ただ面積を小さくするのではありません。池の名残や石組みなど、この土地に刻まれてきた時間の痕跡を残しながら、植栽の構成を見直しました。格式のある従来の和風庭園から、雑木や野の花を中心とした、より自然に近い風景へと少しずつ変化させています。 近くには木陰や風を感じる低木や下草を、中ほどには花や実を楽しめる木々を。そしてその奥には、この庭の記憶を受け継ぐ象徴的な既存樹を残しました。 すべてを一度に見せるのではなく、近くの草花から奥に残る大きな木々まで、視線がゆっくりと重なっていく庭です。眺めるためだけの庭ではなく、歩いたり、腰掛けたりしながら、季節や時間の変化を身体で感じられる風景を目指しました。 庭づくりも、図面だけですべてを決める方法はとりませんでした。ランドスケープデザインを担当した千明風景事務所とともに、現場で実際の光や風、既存の木々の姿を確かめながら、その場所で感じたことを大切にして、一つひとつ風景をつくっていきました。 蔵と縁側の再構成 もともと蔵への動線は、母屋から渡り廊下を通って蔵の中へ入り、そこから縁側へ出るというものでした。 今回の改修ではその順序を変え、母屋から渡り廊下を通り、まず縁側へ出て、庭を眺めながらそれぞれの部屋へ向かう構成としました。 つまり、縁側を単なる通路ではなく、「庭と建築をつなぐ場所」として捉え直しています。 庇は低く抑え、縁側に入る光の量もあえて少なくしました。周囲の雑多な景色を視界から外し、庭の風景だけを静かに切り取るためです。 少し暗い縁側から明るい庭を眺めることで、視線は自然と庭の奥へ向かい、木々の緑や差し込む光がより鮮明に感じられます。窓を大きくして風景を見せるだけではなく、「どこから、どのように庭を見るか」という体験そのものを建築によってつくろうと考えました。 以前は、客間と仏間が続き間としてつながっていましたが、今回の改修では二つの部屋を壁で明確に分け、それぞれに異なる役割と空間の雰囲気を持たせています。 ただし、二つの部屋に共通して大切にしたことがあります。それは、どちらの部屋からも縁側を介して庭が見えることです。 庭、縁側、室内という関係をつくり直すことで、それぞれの部屋が独立しながらも、ひとつの風景によってつながる構成としました。また、施主が長年大切にしてきた天童木工の家具が、その風景の中に自然に馴染む空間を目指しました。 記憶を残しながら更新する 客間は、和の雰囲気を残しながら、現代的な要素を取り入れた落ち着きのある空間へと再構成しました。 新しく設けた床の間のカウンターには土壁と間接照明を組み合わせ、家具や素材が陰影の中に静かに浮かび上がるようにしています。 この土壁には、庭から望む戸神山の土を実際に採取し、地元の左官職人に塗ってもらいました。代々守られてきた山の土を、建物の一部として取り込んでいます。 カウンターには、長年使われてきたテーブルを再利用しました。天板を二つに割り、張り合わせ直すことで、新しい場所に合わせて形を変えながら、その記憶を受け継いでいます。ソファやテーブルにも、これまで大切に使われてきた天童木工の家具を配置しました。 一方、仏間は大きく姿を変えるのではなく、これまでの意匠や家族の記憶をできる限り残しています。床の間や畳、襖、天井などは既存のものを再利用しました。その一方で、蔵全体には断熱改修を施し、現在の暮らしに必要な快適性を加えています。 新しいものと古いものをはっきりと分けるのではなく、これまで積み重ねられてきた時間の上に、新しい時間を静かに重ねていくような改修を目指しました。 古いものをただ保存するのではなく、手を加えながら、これからも使い続けられる状態へと整えていくこと。そこに、この改修の大きな意味があると考えています。 風景と建築、その間にあるもの この計画で目指したのは、すべてを昔のまま残す「保存」でも、すべてを新しくする「刷新」でもありません。 庭を歩き、縁側を通り、蔵の中へ入り、また庭を眺める。 その一連の体験の中で、庭と建築、自然と歴史、そしてそこで暮らしてきた人々の時間が、静かに重なっていく場所をつくりたいと考えました。 庭には、長い年月をかけて育った木々や石組みが残っています。蔵には、家族が使い続けてきた床の間や襖、家具があります。そこに戸神山の土や新しい植栽、新しい暮らし方を重ねることで、この場所の記憶を次の時間へとつないでいます。 大切なのは、古いものを残すこと自体ではなく、それらとこれからどのように付き合っていくかだと考えています。 風景や建築に宿る記憶を受け継ぎながら、これからの暮らしに合わせて、その関係を少しずつ編み直していく。 この庭と蔵が、過去を懐かしむためだけの場所ではなく、これからも人が訪れ、使い、手を入れながら、時間とともにゆっくりと育っていく風景になることを願っています。

