




キチ・アーキが手がけたコーヒーと観葉植物のお店「キチ」から徒歩1分、近鉄学園前駅から徒歩圏内の場所に、地元の人に「蒼池」と呼ばれ親しまれている池がある。奈良時代からため池として利用されていたが、宅地開発により雨水を一次貯留する調整池として現在も残る。 蒼池の縁にしがみつくように建つ、まるで要塞のような風景の小さなビルが長年空き家となっていた。元たこ焼き屋さんとして繰り返し増築された跡が随所に残る、三角形の2階建てビルをリノベーション。 僕には設計事務所をつくる上で一つ達成したい目標がある。 それは街の人々が親しみやすく気軽に相談できる設計事務所になること。 設計事務所に依頼することが特別な出来事ではなく、建築家を身近な存在に感じてほしいと長年願っている。設計事務所を訪れることはほとんどの方にとって敷居が高く、なかなか機会に巡り会えないだろう。しかし「飲食業」であれば食事を通してより多くの人が集まる場になりうることに加えて、自身のデザイン空間で過ごす人々の温度感も感じやすいと考えた。 同じ屋根のもと別業種同士が商いするというスモールミックスビル構想を企て、料理人である同窓の友人に、自身の独立と併せて共に開業する相談を持ちかけたところ、快諾してくれた。ここからアオビルは動き出した。 物件を取得してから10ヶ月後の2025年9月、僕たちはこの小さな建物から大きな船出を切った。 古くから人々の記憶に残る蒼池に敬意を表し、築50年越えの建物を「アオビル」と名付けた。 「蒼星食堂」 アオビル1階、学園前の路地裏に佇むお酒と和ごはんのお店。 料理一筋で長年研鑽を積んできた設計者の友人のための和食ダイニング。 元々あった店舗の骨格を活かしながら建築素材と光を再整理することで、提供されるお料理や器に合った色気と落ち着きを併せ持つインテリアデザインを目指した。 全体的には和の雰囲気を保ちながら、その中にアオ(蒼、青)をテーマカラーとして取り込むことで蒼池とのストーリーを紡いだ。 客席を観客席、厨房を舞台に見立て、厨房に向かって壁から天井まで包み込む緩くカーブした波板によって客席側の厨房への意識を高め、空間に一体感をもたらすことで、日々丁寧な調理と接客をこなす店主の人柄をより多くのお客さまに届けたいと思った。 開業前から店主が拘ったお店の名物メニュー“ひとつの釜の白ごはん”。 毎晩20時半に大きな土釜から取り分けられるツヤツヤの白ごはんに、観客全員が舌鼓を打ち“同じ釜の飯”を共有する。 この観客と舞台とが一つになる瞬間こそがこのお店の最高の体験といえる。 「キチ・アーキ 建築設計事務所」 アオビル2階、路地裏から生まれるクリエーション。 街や人々の生活の延長線上にある親しみやすい設計事務所をつくりたいと以前から思っていた。 早朝、出勤すると1階の食堂店主がカウンターで今日の料理の段取りを思考している。 正午、昼食から戻るとお気に入りの懐メロをBGMに仕込みをする店主と挨拶。 夕方、業務に没頭していると楽しい会話と美味しそうな匂いが1階からたちのぼる。 時々1階からお客様と店主がお店の内装のことなど興味深く会話している声が聞こえ2階に説明のお呼びが掛かることもあれば、お手洗いついでに2階はどんな場所なのかと階段を上がって来られる方もいる。 このような人との自然なつながりやコミュニケーションがアオビルには確かにある。 事務所の内装に求めたものは、図面やパースを自由に貼り剥がしできる木壁と大量の書類・サンプルを保管できる棚、そして座ったり立ったり気分転換しながら仕事ができる作業台である。 既存天井を剥がした時に現れた錆止め塗装の赤色に染まった天井裏をそのまま活かして空間気積を最大限に確保し、残りを全て構造用合板による造作工事で仕上げた。 執務エリアは上履きにしたいと考えていたため、合板でできた床・壁を白塗装で塗り分けて靴脱ぎラインを明示。このようにしてできた赤い天井に合板素地と白塗装を合わせた質素でシンプルなインテリアの中に、空間と呼応するよう銅と白の2トーンで構成されたfabricscapeによるカーテンが吊るされ、蒼池から得られる光と風を空間全体で体感できる事務所が完成した。

