
東京都板橋区の閑静な住宅・商店街から続く長い私道の突き当たりに計画地はある。周辺は住宅や小規模の店舗などが密集した昔ながらの街並みで、春になると石神井川の美しい桜並木を見に訪れる人々で溢れかえる。敷地の形状と周辺環境により、建築の全体像が外部からは認識できず、路地裏にひっそりと佇む場所である。小規模な会員制音楽サロンを計画するにあたって、比較的規模の大きめな音楽ホール並みの室内音響を確保するのと同時に、建物が密集する周辺に対する騒音制御を要求された。不整形な旗竿敷地に対して極力大きな気積のホール空間をつくる為に、敷地東側の「旗」となる場所に主要な空間を配置し、「竿」となる前面道路側に敷地奥まで自然と動線が流れるアプローチを設け、音響設備等様々な機能を集約する付室を持ち上げて計画した。 クラシック音楽の為の空間 計画にあたり、「どのような空間でクラシック音楽を聴きたいか?」という純粋な自身への問いかけからプランニングを始めた。とてもシンプルな解答だが、「音の響きが良く、音楽と演奏者・空間が一体化するような場所」をつくりたいと思った。楽器には普遍的な美しさがあり、繊細な音色や演奏者の所作と対比した力強く荒々しい素材をベースに空間を構成した。そうすることで、自然と音楽や演奏者にフォーカスされるような演奏の背景となる空間を目指している。時間の経過とともに深みが増す楽器のようなモダンクラシックな建築を意図した。 音響シュミレーションによって導かれた空間のプロポーション メインとなる音楽サロンは、限られた建築物の高さの中でできるだけ天井高を確保しながら、空間全体に均一に音が響き渡るように空間のプロポーションを音響シュミレーションによってスタディーした。通常、天井と床、壁と壁が平行に配置されるとフラッターエコーが生じる為、それを避け空間全体に均一に音が響く形状をいくつも重ねた上で空間のプロポーションを決定した。平面形状は、敷地に沿って極力大きな不等辺四角形とし、二層分の空間の上に方形屋根を採用している。音の均一な響きを達成しながら、勾配屋根によってできた上部の空間を設備スペースとして活用している。 音響に応じた「現す」と「付加す」 主要な空間を無柱空間として構成し、音の反響のベースを担保する為に壁式RC の打ち放しを採用した。小さな敷地に対して極力無駄のない空間を構成するために躯体現しを基本とし、室内音響の向上・騒音制御の為に必要な設備やバッファーゾーンを設ける部分を付加している。空間のプロポーションや躯体の硬さ・仕上の柔らかさを音響制御の素材と捉え、音響における硬さと柔らかさ、空間における硬さと柔らかさのバランスをとるよう配慮している。