野田歯科クリニック

かけがえのない体験ができる建築が創られると、人はそこに出かけたくなり、ポジティブな気持ちになることができる。歯科医院には従来、怖い・痛いというイメージが付きまとう。そのイメージを払拭し、そこにしかない癒しを体感できる場としての医院を考えた。初めて敷地に案内された時、3mの高低差のある細長い敷地には草が生い茂り、竹は風にそよぎ、樹木は力強く根を張っていた。一見荒れ放題だと思ったが、竹林の脇を通り抜け、木々の隙間に立った時、自然の中にすっぽりと自身が納まるような、しっくりくる感覚がした。施主が既存の竹林やビワの木を気に入ったこともあり、造成して土地の特性をリセットするのではなく、既存の土地の植生や高低差・奥行きを活かして計画することにした。 まず、植物を極力残しながら建物を建てることのできる範囲を検討し、歯科医院の機能を敷地の特徴に合わせて配置した。それは元からいる植物たちの中に人の居場所をつくらせてもらうような行為であり、建築は人と自然を柔らかく結びつけながら共存させる。景色を想像しながら室の配置を検討すると、患者さんが待合室で竹林を見ながら落ち着いて過ごしているイメージが真っ先に浮かんだ。患者さんは竹林に癒されながらこの医院に入り、場所によって自然の感じ方が変化する。そして居場所を縫うように、開放的な廊下を道と見立てて繋いで、木の屋根で包み込んだ。空間の大きさに呼応した現しの木架構の屋根組は、全体の繋がりや木の温もりや素材感を体感できる場となっており、治療を受ける患者さんの緊張感を和らげる。また、多様な体感を得られる建物とする為に、土地の高低差の中心に床の高さを設定した。段差のないフラットな床面を歩くと外の地盤面の高さが変わり、待合室は浮遊感のある空間となり、診察室、スタッフゾーンに向かって地表面が近くなり、人と建築の関係性もより親密なものになる。自然と絡み合うこの建物では、まるで緑道を散歩するように時間帯や季節で異なる体感が得られ、訪れる人々は飽きのこない心地良さを感じられる。歯科医院を単なる治療の場として捉えるだけではなく、予防医学の観点から健康な方にも検診を行っていただくために、この場所でしか体感できない建築空間がその一助になることを願っている。

クレジット

  • 設計
    TSCアーキテクツ
  • 担当者
    田中義彰
  • 施工
    丸中建設株式会社
  • 構造設計
    有限会社ワークショップ
  • 撮影
    谷川ヒロシ

データ