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京都市の南西に位置する長岡京市にこの建物は位置している。少し詳しく説明するなら、まず阪急京都線長岡天神から東に進んで長岡京市役所を越えると「一里塚」と呼ばれるあたりに出るのだが、そのまま171号線を越えてその東を南北に走る旧西国街道からさらに東に少し入る。するとすぐ右側、つまり南側にパネフリ工業本社ビルが姿を現す。もうしばらく南西に歩けば、JR長岡京駅である。 神足(こうたり)と呼ばれるこの地域にはかつての街道筋の面影を偲べる街並みもかろうじて残されているが、いまは都市近郊の開発によってたださまざまな形式の建築物が混在する風景が展開している。 計画敷地に道を隔てて向かい合う北側には比較的大きな瓦葺きの豪農風の建物があり、南側にはすぐ隣接して1970年代初頭に建設されたRC5階建が4列に並ぶ総戸数130戸の集合住宅「メゾン神足」が林立している。少し離れた長岡京駅(旧神足駅)を越えた東側には村田製作所の本社ビルが威容を誇っている。 本社機能を容れるオフィスの床レベルをなるべく高く上げることがクライアントの要望でもあった。そうすれば、西、北、東に素晴らしい眺望を得ることが可能となる。京都盆地は西山、北山、東山の連山によって囲まれているが、それらを望むことができるのである。 そこでオフィスからの眺望を、まずは北と西に向けて開放していくことを考えた。北はオフィスに安定した光を取り込むことができる上、街路を隔てて対面する建物も低層だ。そして西である。西に隣接する建物も低層で、それらの向こうに旧長岡京を越えてさらに西に京都西山の美しい山並みと夕陽を楽しむことができるから、この風景に向けてテラスを配した。 そこからは西山の連山にはじまって北北西に京都盆地を囲む最高峰の愛宕山を望み、そこから東に連なる北山連山を楽しむことができ、さらには京都北東に聳える比叡山、そして東山の北部の山々も望むことができるのである。山々に囲まれた盆地には京都の市街地が展開し、京都駅や京都タワーも見える。 このようにして、まずは周囲の街並みと一旦は縁を切った形で、別世界としてのオフィス空間を確保しようとした。変貌する街並みはあまり信頼するに足りないから、建築空間として一つの小宇宙を築こうとしたのである。これは日本の多くの都市空間に建物を設計するときの基本的なスタンスだ。日々更新される建築物や街並みとの親しみつつ離れて立つスタンスである。 一旦、街並みから離れて自立した空間の価値を求めた後に、今度は、未来の街並みの起点としての建築を構想する。これまでの私の作業の姿勢も基本的にこうした態度に貫かれてきた。街におもねることなく、街を刺激し、街に貢献したい、と。 周辺環境が信頼できる場合(多くの場合それは自然の中に立つ建物だった)は、もちろんそのまま連続した関係を築けば良いのだが、なかなかそうしたプロジェクトは多くはない。特に都市にあっては。それが現代日本の建築設計者の変わらぬ課題だろう。混乱した街並みや電線や汚れた空気(少しはマシになったかもしれない)や騒音や頻繁に建て替えられる近隣。 街並みと親しみつつ、というスタンス。それがこの建物の場合は基壇としての広場とこれを包むトンネル状の空間である。そこに面しては、透明なガラス張りのカフェが配されているが、あとは四季に応じて変化する花を加えた緑の植栽、そしてアートオブジェが置かれるのみ。 ここはできれば常に開放されていてほしいという気持ちがあるが、それでも現実問題としては、一旦切れてなおなかば開かれているような状態を保つ、そんな解決が図られている。それが大きな階段をもつ基壇による関係の調整である。 長岡京、神足、一里塚、といったコミュニティーの重なりの未来像を想像しながら、ささやかな布石を打つ。離れて立ちながら街と結ばれている。やがてはその空間のありようや人々の活動が契機となって、新しい街並みが築かれていくのではないか。界隈ができていくのではないか。緩やかに結ばれたコミュニティー(閉じた共同体ではない形で)ができていくのではないか。 街路から見れば、トンネル状の空間の向こうには緑と青空が広がっている。これは現実の風景であるとともに、想像の中の、メタフォアとしての風景でもある。
