2026年4月に開催された第64回ミラノサローネ国際家具見本市。今回のテーマ「A Matter of Salone」は、前回の2025年「Thought for Humans(人間のための思考)」から一歩踏み込み、デザインの根源にある「素材そのもの」へと視線が注がれました。 公式WEBサイトでは、Matter=素材について、単なる物理的な材料ではなく、表面の質感や重さ、色、経年変化、さらには背景にある歴史や技術までを含めて、空間に意味を与える存在として解釈しています。この「Matter」という言葉には、物質・素材としての意味に加え、重要なこと、意味のあることを表す “what matters” が込められています。単に「素材に注目する」という意味を越え、素材とは何か、そしてデザインにおいて本当に重要なものは何かを問い直すテーマだといえます。 2026年のミラノサローネは、素材を単なる仕上げではなく、背景にある記憶や技術、未来への可能性を読み解き、空間や暮らしに新たな意味を与える存在として捉える視点が強く打ち出されました。これは、単なる素材礼賛ではありません。AIやデジタル化が加速する現代において、「実際に触れられるもの」や「時間の記憶を宿す素材」の真の価値をもう一度問い直す試みでもあります。 また2026年のミラノサローネは、造形や機能の美しさにとどまらず、素材が価値を生み出す「過程」そのものに大きな関心が寄せられました。若手デザイナーの登竜門「SaloneSatellite(サローネサテリテ)」では、27回目のテーマとして「Skilled Craftsmanship + Innovation(熟練のクラフツマンシップ+イノベーション)」を掲げ、伝統的な手仕事と3Dプリントなどの先端技術を融合させた、過去と未来をつなぐような独創的な作品が数多く発表されました。同時に、ミラノデザインウィーク期間中、市街地で展開される「Fuorisalone(フォーリサローネ)」でも、デザインを絶えず進化するプロセスと捉える「Be the Project(Essere Progetto=プロジェクトであれ)」というテーマが掲げられ、ミラノサローネ本体のメッセージとも深く響き合っています。2026年のミラノが世界に投げかけたのは、、“素材には、どのような記憶が宿っているのか。そしてその記憶を、どのように未来へつないでいくのか。” という問いかけであったのではないでしょうか。 _________________________________________________________________________________ 【ノスタリッカ / Nostaricca】 「ノスタリッカ」が示す素材の記憶 その問いにある意味でひとつの答えを提示するようなコレクション、2026年の新商品「ノスタリッカ」をご紹介します。ノスタルジア(nostalgia)と、イタリア語で「豊かな」を意味するリッカ(ricca)を組み合わせたその名前には、過去を懐かしむだけではない、より深く、豊かな思いが込められています。「ノスタリッカ」のインスピレーションの源となったのは、イタリア・エミリア=ロマーニャ州の都市ファエンツァに建つ「ミルツェッティ宮殿(Palazzo Milzetti)」の床を彩るヴェネチアン・テラゾーです。「ノスタリッカ」は、この古い床を立体スキャンして質感までも忠実に再現しています。これはまさに、2026年のミラノサローネが掲げる「クラフツマンシップとイノベーションの融合」「素材に宿る記憶を未来につなぐ」というビジョンを、セラミックタイルの分野で体現したコレクションといえます。 ファエンツァ、陶磁器の街 ファエンツァという名は、タイルや陶磁器に関わる者にとって特別な場所です。フランス語で錫釉陶器を意味する「ファイアンス(faïence)」の語源にもなった都市として知られ、古代ローマ時代には「ファヴェンティア(Faventia)」として栄えました。中世以降、陶芸の一大産地として発展し、ルネサンス期には、白い錫釉を下地に色彩豊かな絵付けを施したマヨリカ陶器によって、その名声をヨーロッパ全土へと広めていくことになります。街の中心部には、世界有数の陶磁器専門博物館「国際陶磁器博物館(Museo Internazionale delle Ceramiche)」があり、古代から現代美術まで、世界各地の陶磁文化をたどることができます。 ミルツェッティ宮殿 ── ネオクラシシズムの結晶 18世紀後半から19世紀初頭にかけて再建されたミルツェッティ宮殿は、ナポレオン時代のイタリア貴族文化を今に伝える貴重な名建築です。建築家ジュゼッペ・ピストッキが手掛けたこの宮殿は、ネオクラシシズム(新古典主義)の内部装飾が、極めて良好な状態で残されていることで知られています。フェリーチェ・ジャーニとその工房による壁面装飾、バッランティ・グラツィアーニ兄弟やアントニオ・トレンタノーヴェによるスタッコ装飾、そして床に広がるヴェネチアン・テラゾー。現在は国立博物館として公開されており、イタリアの美術史家アントニオ・パオルッチは、この建物について「ウィーン、サンクトペテルブルク、パリ… それら名だたる帝都を巡っても、この建物ほどに洗練され、優雅で、至高の趣味に彩られた内部装飾は見出すことはできない。」という言葉を残しています。ネオクラシシズム(新古典主義)とは、古代ギリシャ・ローマの建築や美術への回帰を志向した様式です。均整の取れた構成、明快な秩序、抑制された装飾性を重んじるその美意識は、ミルツェッティ宮殿の空間全体にも静かに息づいています。 ミルツェッティ宮殿の床を彩るヴェネチアン・テラゾーは、単なる床材の枠を超えた、ヴェネツィアの歴史が育んだ芸術そのものです。そのルーツは、石灰に砕いた大理石や石材を混ぜ、丹念に磨き上げる伝統技法「バットゥート」にあるとされています。13〜14世紀に原型が誕生したこの技法は、その後、宮殿を飾る至高の芸術へと昇華されました。水上建築特有の揺れを柔軟に吸収する実用性と、光を反射して室内を明るく保つ装飾性を兼ね備えています。この伝統は、ルネサンスから新古典主義へと時代を超えて受け継がれ、ミルツェッティ宮殿の床にもその様式美が鮮やかに息づいています。 ーーーーー 「ノスタリッカ」は単に“ヴェネチアン・テラゾー風”に仕上げたタイルではありません。特定の宮殿の、特定の床の、時間が刻んだ記憶を纏ったタイルです。デジタル技術と歴史的素材が出会うことで初めて実現した、新しい継承のかたちといえるでしょう。 カラー展開は、いずれもヴェネチアン・テラゾーの伝統的な色調から着想を得た、落ち着いた色合いです。 特にカラー8830・8930P(AMBRA)は温かみのある黄土系で、ミルツェッティ宮殿の床を忠実に再現しています。カラー8810のホワイト系は洗面室やキッチンに用いることで、無彩色でありながらも温もりのある落ち着きをもたらします。カラー8820のベージュ系は夕刻の光を美しく映し出し、寝室に取り入れることで優しく迎え入れるような安堵感に満ちたプライベート空間を演出します。 ーーーーー 素材を選ぶことは、その素材が刻んできた「記憶」を選ぶことでもある──そう、改めて思います。「ノスタリッカ」は、18世紀末のファエンツァで至高の洗練を極めたヴェネツィアン・テラゾーの息吹を、現代の空間へと受け渡してくれるコレクションです。歴史の重みを持ちながらも、決して過去の再現だけではなく、現代の暮らしに寄り添いながら新たな価値を生み出していく──こうした素材の在り方こそが、今の時代が真に求めている豊かさではないでしょうか。